悪役考

 丹頂鶴2.jpg俳優の宍戸錠さんの訃報を新聞で見た。宍戸錠といえば、小林旭主演「渡り鳥シリーズ」の悪役として毎度登場するおなじみのスターだった。当時中学生だった私は、小林旭も石原裕次郎も好きだったけど、どこか憎むことのできない悪役宍戸錠も好きだった。
 アクション映画や時代劇、西部劇においては多くの場合悪役が登場し、正義の味方の悪役退治に拍手喝采を送るのが人びとの息抜きにもなっている。どうも人間というものは、悪役を作り出さずにはいられないらしい。

 映画やドラマといった架空の世界に限らず、現実の世の中においても悪役をつくり出し、それをよってたかってたたきつぶそうとする集団心理のようなものが潜在的に鬱積しているのではないだろうか。それは関東大震災の朝鮮人虐殺までさかのぼらなくとも、最近の世の中においてもいくつかあった。
 たとえば、総合商社批判である。何か原因があったのかもしれないが、いっとき総合商社が世間から袋だたきにされたことがあった。当時総合商社に勤務していた私の義兄は、どんなに辛く、悔しい思いをしたことだろう。飛び抜けて優秀で将来を嘱望されていた私の教え子も、このとき嫌気をさして勤めていた総合商社を辞めてしまった。今、これだけグローバルな世の中になり、経済も非常に複雑化してきた。私にはよく分からないけれども、このような時代における総合商社の役割は、人の体を流れる無数の血管のように、なくてはならない存在であろう。今は、商売がたきかやっかみを除けば、総合商社の存在を否定する人はいないだろう。
 たとえば、学習塾批判である。学習塾が世の中に登場してきた1970年代、世間では塾と言えば教育活動のアンチテーゼのようにとらえられていた。曰く「塾は不要だ」「塾は必要悪だ」と、主にマスコミや高学歴の知識人から徹底的に非難された。その頃塾を開いた私は、肩身の狭い思いで塾の仕事をしていたものだった。ところが今、塾を悪役呼ばわりするものは誰もいなくなっている。塾がなければ日本の教育水準は世界に比してもっともっと下だったはずである。

 今の世の中における悪役のことである。最近のニュースによると、コンビニやスーパーなどでレジ袋が有料化されるという。あちらこちらに捨てられ、海洋汚染の原因にもなっているからだそうだ。確かに、レジ袋に限らずタバコでも空き缶でもポイ捨ては良くないに決まっている。しかし、なぜレジ袋だけが悪役にされるのだろう。買い物のあと不要になるものはほかにもたくさんある。多くの家庭では、おそらくレジ袋をゴミ袋として再利用しているのではないだろうか。それならば、食料品のほとんどに使われているトレーよりもよほど役に立っている。ゴミ削減を始めるにあたって最も手っ取り早いのがレジ袋の有料化だったというだけではないのか。たまたま昨日買い物に行ったスーパーでは、これまで無料で配られていたレジ袋が突然1枚7円になっていた。スーパーとしてはタナボタの売上収入になるのではないか。
 地球を温暖化させている最大の悪役は二酸化炭素であることは、今や全世界の常識となっている。国連事務総長始め、トランプ大統領を除くほとんどの国の首脳が二酸化炭素削減を訴えている。これだけの偉くて頭のいい人たちが二酸化炭素悪役説を唱えているのだから、これは間違いのないことなのかもしれない。しかし、私はどうしても納得できない。
 太古から地球は太陽の活動によって、温暖化と寒冷化を繰り返してきた。このこととは無関係に、大気中にわずか0.04%しか含まれていない二酸化炭素が地球の海流に影響を及ぼしたり、氷河を溶かしたり、多くの災害を引き起こしている原因であるとはとても思えない。事実、地球温暖化の象徴的な例とされていたツバルは水没していないし、北極のシロクマもその数は増えているという。
 本当に地球温暖化の原因は、化石燃料を燃やして生じる二酸化炭素なのだろうか。二酸化炭素を悪役にすることによって、どこかの国、あるいはとてつもなく大きな団体が利益を得るための謀略なのではないか。そのように考える科学者は世界中に広まっているそうだ。

 宍戸錠さんから地球温暖化へと、ずいぶんと話が飛躍してしまった。いずれにしても、これからの短い人生、悪役にされたくもないが、それ以上に確個たる判断なくして悪役を誹謗する立場にもなりたくないものだ。

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