みかづき

 画像森絵都さんの小説『みかづき』がNHKでドラマ化されるそうだ。ならばと、この機会にもう一度読み直してみた。

 本書は、学習塾を経営する大島一家に集まる個性的な家族の葛藤を描いた小説で、戦後から平成の後半までを背景としている。ちょうど私の塾教師人生と並行しているので、話の内容も理解できたし「ゆとり教育」「学力テスト」「津田沼戦争」などの懐かしい言葉に、そんなこともあったなーと感慨深く読んだ。
 主人公大島吾郎は、私とほぼ同世代ということもあり、塾教師としての吾郎の考え方には共感するところが多かった。ただ、教育者として有名になりすぎた吾郎と、満開の桜のかげでうつむいている柳の木のような私とでは「みかづきとすっぽん」ほどの大きな違いはあるけれども。
 物語の後半に、吾郎の孫(血のつながりはない)である一郎が登場し、物語の中心的存在として扱われている。一郎は貧困家庭の子どもたちを救うため、無料の学習塾を立ち上げる。立ち上げに当たって、いくつかの苦労話が書かれてはいるが、私から見ればうらやましいばかりにとんとん拍子のいいことずくめで、まさにサクセスストーリーの世界のように感じられる。
 まずは、教場の確保である。知り合いの会社の社長が快く会議室と駐輪場を無料で(!!)貸してくれる。かわいい女子大生たちがボランティアで手伝ってくれる。弁当屋をやっている叔母夫婦からは子どもたちへ弁当の差し入れがある。寄付も集まる。こんなうまい話があるのなら、無料の学習塾も悪くはない。世の中にこんなにお人好しが大勢いるとは私には考えられない。
 私はというと、乏しい家計から高い家賃を払って教室を借りている。「お手伝いします」といってくれる人間は、かわいい女子大生を含め今のところ一人もいない。腹の減った生徒たちに自腹を切って菓子やカップラーメンを用意している。人の情けにすがるのも結構だが、男がひとたび志を持ったなら、他人に頼らず自分一人だけでやってのける、そんな気概が必要であると私は考えている。マ、一郎への羨望も1割くらいはあるけれども。

 貧しいながらも小さな民家を借りて塾を始めた吾郎夫婦も、やがて時流にも乗り大手の学習塾へと成長する。念願の自社ビルも建てる。娘たちは母親への反発を感じつつ、それでも塾の発展には協力し、塾の危機を何度も救う。そして孫はまったく新しい塾のあり方としての貧困家庭を対象とする無料の学習塾を立ち上げる。『みかづき』で森絵都さんがテーマとしたのは、大島家三代をモチーフとした学習塾の変遷だった。
 ふと思うと、大島家が三代にわたって成し遂げてきたことを私は一人でやってきた。吾郎が理念としながらもそれを孫に託すまで成し遂げられなかったことを私は一代で成した。チビリチビリと酒を飲みながらこんな手前勝手なことを妄想してみると、オレの人生もまんざらでもなかったか、などと、ちょっぴり自己満足してしまう自分がいる。まったくもって完全な妄想である。 

"みかづき" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント