人を見分けるひとつの基準

画像 ちょっとオーバーだが、私が心がけている人生訓がある。
 「借りたものは必ず返す。貸したものは返ってこないものと心得よ」である。

 ちょっと調べようと思い、ご恩塾の本棚から環境問題に関する本を数冊取り出したところ、「たくさんあるんだね」と生徒から言われた。じつは、もっともっとたくさん持っていたのだが、人に貸し出し、そのほとんどは返ってこなかった。しかたがないので、改めて購入した本もある。
 本に関しては、今までに貸し出して戻ってこなかった本がどのくらいあるのか、既に見当がつかなくなっている。くやしいのは、こつこつ揃えた全集もののうち何冊かが抜けてしまったときである。しかし、是非読んでほしいと思い、喜んで貸し出したのは私である。それなら貸さなければいいだけの話だし、「返せ」と言って「借りた覚えはない」と言われたりすると、それ以降の人間関係にもいやな影響が残ってしまう。したがって、戻ってこないものはしょうがないと割り切ることにしている。
 本に限らず、ちょっとした物や小銭程度なら、貸した者の責任上特に催促はせず、初めから戻ってこないものと決めている。逆に、どんな小さなものでも人様から借りたら必ず返すことは、親からの厳しいしつけのたまものである。このことは私の親でなくても、昔はどこの親でもそのようにしつけるのは当然のことで、子どもの社会においては貸し借りのいざかいは全くなかった。

 時代は昔のような牧歌的な道徳観などどこ吹く風のようになったのか、それとも私が田舎生まれの田舎育ちだったためなのか、そこのところはよく分からない。ただ、大人になって都会に住むようになってからは、借りたものは平気で返さない、そもそもどんなものでも他人に貸そうとはしない。そんな人たちが多くなってしまったような気がする。田舎者でお人好しの私などは、都会人からはいいカモなのかもしれない。

 それでも、私にとってはよい経験をたくさんしたと思う。この経験から、どんなにうわっつらがよくとも、借りたものを返さない人は金輪際信用してはならないことを学んだ。
 貸したものは返してくれなくても結構。しかし、今後はあなたを信用しませんよ。
 最近はそのように心がけている。このことが私が人を見分けるときのひとつの基準になっている。
 本の貸し借りについて話をした生徒たちには、ひとつの人生訓としてこのことを話した。子どもたちにとっては当たり前のことである。しかし、こんな簡単なことを一生守り通すことはそれほど簡単なことではないのかも知れない。

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