不正への自覚

 画像朝日新聞「天声人語」(2018年10月20日)で、アメリカの大学で行われた次のような実験の記事があった。読まれた方も多いと思う。

 「人間の行動を研究するため、米国でこんな実験がなされた。大学生たちに算数の問題を解かせ、正解の数に応じて賞金を与える。ただし監督の目は緩く、ごまかすことも可能だった。実験の前、一つのグループには高校時代に読んだ本10冊を書き出させた。別のグループには旧約聖書の十戒を思い出せる範囲で書かせた。(中略)10冊グループと違い、十戒グループはまったく不正をしなかったという。」

 本文はこのあと、企業の不祥事についての内容となるが、私はこの前文に興味を持った。 アメリカでは不正を戒める教えとしては、おそらく宗教が唯一のものなのだろう。それも、若者にはそれほど強力な制御棒として機能していないのではないか。そのため、テストの直前に十戒を思い出させるようなことをしなければ簡単にカンニングをしてしまうのだろう。
 かつて、新渡戸稲造は宗教を持たない日本人の道徳観のありかたとして『武士道』を著した。武士道の教えは、単に武士のみならず、百姓や町人も、つまり日本人全体に広く普及し、そしてそれは江戸時代から明治を経て、現在に至っても日本人の心の中に残り続けているのではないだろうか。その証拠に、多くの日本人は今なお卑怯な行為を嫌い、恥をかくことを潔しとしない。さきほどの天声人語で紹介された算数のテストにおいても、日本の大学生ならば、今さらテスト前に道徳的なことを思い出させなくてもカンニングはしないと思う。

 とはいえ、日本人の良きところを今後も心の奥底から消すことのないよう、先人の教えを学ぶことはとても良いことであることは言うまでもない。
 會津藩校日新館の「什の掟」に「うそをいうことはなりませぬ」とある。むろんこのことばは小さな子どもにむけてのものである。今の日本では子どもではなく政治や実業の世界で、立派な大人がうそをいう場面が見受けられるようだ。これでは、子どもにしめしがつかない。案外、閉鎖的な組織の中のおじさんたちなら「什の掟」を読んだ直後でも賞金目当ての不正をしてしまうのではなかろうか。
 子どもたちよりもむしろ大人が、日本古来の道徳観を学び直さなければならないのかもしれない。

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