特待生制度

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 事務員の話によると、ある新聞社から、私の塾の特待生制度についての問い合わせがあったそうである。その新聞社が調査したところ、このことについて最も進んでいるのが私の塾だということのようである。

 マスコミが塾を取材するとき、その内容は合格実績に決まっている。それも、合格率ではなく、合格者数で塾を選ぶ。こうなると必然的に大手の塾に限られ、我々中小塾がマスコミに取り上げられることはほとんどあり得ない。
 今回の取材が記事になるのかどうかは分からないが、マスコミが「恵まれない家庭に対する塾の取り組み」のような側面を気にかけてくれたことはうれしい。

 多くの塾が「特待生制度」を設けている。しかしそれは成績優秀者に対しての制度であって、その成績優秀者の家庭が金持ちであるか貧乏であるかは関係ない。要するに、「特待生制度」とは将来の実績づくりに優秀な生徒を囲い込むための戦略である。
 このような生徒集めに、私は昔から腹立たしさを感じていた。これらの塾の「すばらしい」合格実績は、実は「優秀な教師による指導の成果」ではなく、単に生徒の成績がもともと良かったからなのである。塾の使命とは本来、優秀でない生徒を優秀な生徒に育て上げることである。このような塾の実績はイカサマと言っても言い過ぎではない。

 私の塾の特待生制度は、成績とは一切関係ない。母子家庭であったり、家計が苦しい家庭であったり、要するに経済的事情のある家庭の子への特待生制度である。この制度を利用して通塾している生徒は今でもいるし、もちろん、卒業生も大勢いる。
 数年前、こんな中学生がいた。南米系の外国人である両親が日本に働きに来ていた。しかし、不況のあおりで夫婦同時にリストラされてしまい、収入が途絶えた。その子は退塾届けを持ってやってきた。しかし、特待生制度によってその子が退塾することはなかった。
 とてもうれしそうな顔をしてその子が私のところに来た。「先生、ありがとう。高校に行ったらアルバイトをして必ず学費を返します。」と殊勝なことを言う。私は「お金のことは心配しなくていい。それよりもしっかり勉強してください。」と、その子を励ました。

 塾も私企業である以上、利益を生み出さなければならない。したがって金儲けに走ることを否定するものでは決してない。塾である以上、実績を上げることは死活問題である。だから、実績を上げるために必死になって頑張ることは当然である。
 しかし、他方で塾は教育にかかわる仕事をする場である。塾の教師、なかんずく経営者は教育者であらねばならない。塾として生徒を預かる以上、どんなことがあっても徹底して生徒の面倒を見るべきである。もちろん、その中には家庭の経済的事情も入る。

 利益追求や合格実績向上にばかりこだわり、教育者としての本来のあり方を忘れている塾経営者が近ごろ増えてきたと感じるのは、私の思い過ごしだろうか。
 もっとも、こんなことばかりやっている私の塾はさっぱり儲からないが。

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