近未来小説~庄司家の食卓

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 日本の食糧自給率をテーマにした近未来小説です。

1.プロローグ
 「えーっ!今朝もご飯と生タマゴだけ?」
 ねぼうして機嫌の悪い剛くんは朝からガッカリ。
 「私はトーストと紅茶がいいな。」
 妹のさくらちゃんも不満そうだ。
 そういえば、いつもは毎朝みそ汁とコーヒーを飲んでいたお父さんも、最近はお茶だけになってしまった。お父さんの大好きな冷や奴も食卓から消えている。
 「しょうがないでしょ、パンもおみそもおとうふもお高くなってしまったんだから。」また、お母さんの「しょうがない発言」が始まった。
 「でも、どうしてそんなに値段が上がってしまったの?」と剛くんがお父さんに聞くと、お父さんは
 「値段が上がっただけではないんだ。今はパン屋さんはほとんど無くなっているんだよ。それというのも、日本に小麦が輸入されなくなったからなんだ。」と教えてくれた。
 「小麦だけじゃないのよ。大豆も輸入が止まって、おみそもおとうふも、めったに手に入らなくなったのよ。だから、しょうがないの。」と、お母さんが「しょうがない」を連発。
 「いったい、どうなっちゃったんだろう。」と、剛くんがぶつぶつ不平を言いながら、学校に向かった。

 午前の授業が終わって、剛くんの待ちに待った給食の時間になった。実際の所、剛くんは給食を食べるために学校に行っているみたいなものなのだ。
 ところが、このところ給食にパンやパスタが出なくなった。いつもごはんで、そのため、マイ箸を持参することになっている。おかずは、近くの畑で取れた野菜と、たまご焼きが定番で、剛くんの大好きな納豆はついたことがない。
 少し前までは給食に牛乳がついてきたのに、それもなくなってしまった。そのかわりに、この前からお茶を水筒に入れて持っていくことになった。
 あるとき、久しぶりにパンが出て、大喜びで食べたところ、どうも、おもちの味がする。良く見ると、そのパンは小麦粉でできたものではなく、お米から作ったものだった。それでも、けっこうおいしく、剛くんは満足して全部食べた。
 給食が終われば、剛くんにとってはもう学校での用事は済んだようなものだ。でも、体育だけは好きで、きょうは校庭で思いっきり走り回って、腹ぺこで家に帰った。
 剛くんにとって今日は特別な日なのだ。今日はお父さんの給料日で、この日は家族で外食することになっていたのだ。

 お父さんは残業があって、ようやく7時過ぎに家に帰ってきた。剛くんとさくらちゃんは、おなかをすかせてお父さんの帰りを待っていた。
 「よし、さっそく回転寿司に行こうか。」
 お父さんのかけ声で、庄司家の四人は、近くの回転寿司へと向かった。最近はファミレスもそば屋さんも閉鎖してしまって、外食と言えば、魚料理か回転寿司くらいしかないのだ。
 「あれ、しょう油はないの?」
 どこをさがしてもしょう油びんはない。
 「すいません。代わりにこれを。」
 と板前さんが出したものは、なんと塩とお湯である。塩をお湯に溶かして、しょう油の変わりにするそうである。それでも、ここの寿司屋さんでは、「お湯塩」をしょう油らしく見せるために、染料を一てきたらして、しょう油色にしてくれた。
 お父さんとお母さんは「お湯塩」に慣れているようで、トロやアジを食べていたけれども、どうも魚を食べる気がしない剛くんは、結局たまごだけをたべて家に帰った。

 「どうしてパンやしょう油が無くなってしまったんだろう。」
 こう考えた剛くんは、日本が食料を輸入している外国のことを調べてみることにした。



2.アメリカ
 剛くんが資料を調べて、10年前まではアメリカから小麦やトウモロコシなど、たくさんの食料が輸入されていたことを知り、驚いてしまった。小麦も、トウモロコシも、大豆も、半分以上をアメリカから買っていた時代があったのだ。それが今では、完全にゼロになっている。
 「どうしてアメリカから農産物が輸入されなくなったの?」
 お父さんに聞くと、お父さんからとんでもない答えが返ってきた。
 「それはね、宗教が原因なんだよ。」
 なんで宗教が原因で、アメリカから日本に農産物が輸出されなくなったのか。お父さんの説明をまとめると、このような事情のようなのだ。
 アメリカは昔からイラクやイランなど、中東の国々と仲が悪く、とくにイラクとは戦争をしていたことがあった。この戦争の原因の奥には宗教の違いがあった。アメリカはキリスト教の国で、中東の国々ではイスラム教を信じている。
 「だから、アメリカは中東の国から石油を買いたくなかったし、中東の国々もアメリカには石油を売りたがらなかったわけさ。」
 と、お父さん。
 「そのことと、日本に小麦が輸入されなくなったことと、どんな関係があるの?」
 剛くんには良くわからない。
 「剛がアメリカの大統領だったら、どうする?」
 「うーん、そうだね。石油を使わないようにするかな。」
 この剛くんの返事にお父さんは満足して、続けた。
 「そのとおり、前大統領のコバマ氏もそう考えて、グリーンニューディール政策を発表したのさ。つまり、エネルギー源を石油から自然エネルギーに転換しようと考え、今では石油を使った火力発電から太陽光発電や風力発電に切り替わっているんだ。」
 「さっぱりわからない。日本の農産物輸入とは関係ないと思うんだけど。」そばでじっと話を聞いていた妹のさくらちゃんがお父さんに言った。
 「さすがにさくらはお父さんの子どもだけあって頭がいいね。実はもうひとつ、石油を使わないで車を動かすことができるようになったのさ。」
 このお父さんの説明で、剛くんはようやく気がついた。
 「そうか、バイオエタノールだ!」
  バイオエタノールはトウモロコシを原料とした燃料で、10年以上前から使われているものだ。今ではフォードもニューGMも、アメリカ製の車はすべてバイオエタノールを燃料としている。こうして、燃料としての石油はアメリカ国内では完全に使われなくなり、衣類やプラスチックなどの化学製品はアメリカ国内で産出される石油でまかなうことができるようになっている。
 「でも、小麦や大豆は関係ないと思うんだけど。」
 「うん。直接は関係ないけれど、こういうことなんだよ。」お父さんの説明が続く。
 アメリカ国内でまかなうだけの小麦や大豆の畑は残して、残りはすべてトウモロコシ畑にしたそうだ。これは食料や飼料のためではなく、バイオエタノールにするためのトウモロコシ畑なのだ。こうして、大豆と小麦のアメリカ国内自給率は100%にとどめ、トウモロコシもあまった分はすべて国内で使用する燃料にするようになったため、日本への穀物輸出はゼロになったのだそうである。
 「それじゃあ、しょうがないわね。」とのお母さんのあきらめに、剛くんはまだ納得がいかない。
 「だったら、他の国から食料を輸入すれば?」とのさくらちゃんの考えに、剛くんもその通りだとは思ったが、他の国からも食料は輸入されなくなっている。
 「どうしてだろう」
 剛くんは他の国についても調べてみることにした。



3.EU
 お父さんの好物はブランデーだ。そのため、結構値がはるブランデーグラスを買い込み、左手に司馬遼太郎の本を持ちながら毎晩チビリチビリと、飲んでいた。なんでも、昔流行った石原裕次郎の「ブランデーグラス」という歌に影響されたのだそうだ。もう30年も前の歌なのに。
 ところが最近はブランデーを飲まなくなり、晩酌も日本酒に切り替わっている。愛用のブランデーグラスも、今や骨董品となりはてている。
 「どうしてブランデーから日本酒に変わったの?」
 お父さんの酒飲みはやめてほしいと思いながらも、剛くんは聞いてみた。
 「きっと年のせいよ。人間、年をとると日本酒が合って来るみたいよ。」
 妹のさくらちゃんが、生意気にこう言った。
 「さくら、失礼なことを言うもんじゃないわ。こうみえても、お父さんはまだ若いのよ。日本酒に替えたのはしょうがないことなのよ。」
 と、お母さんはお父さんを援護してくれた。
 「お父さんもブランデーの方がいいんだけれど、今はフランスから輸入されなくなってしまったんだよ。フランスだけでなく、今、ヨーロッパは大変なんだ。」
 ここ数年、ヨーロッパには大寒波が押し寄せていた。ロシアでは毎日氷点下50度を下回り、温暖な地中海沿岸諸国でも氷点下30度を記録する日もあるほどだ。
 「10年ほど前は地球温暖化が進むからと言って、二酸化炭素を減らそうと世界中で騒いでいたことがあったけど、逆になってしまったんだ。そのころにも、地球は寒冷化すると主張した学者もいたけど、誰も耳を貸さなかったのさ。」
 お父さんの話によると、北極海の氷が溶けるどころか、今やヨーロッパが北極圏に入りそうになっているとのことだ。
 10年ほど前のヨーロッパは、世界有数の小麦やぶどうなどの生産地だったが、今は寒冷化のため、農地がほとんど利用不可能になってしまった。そのため、EU諸国では1929年の世界恐慌のときのように、「ブロック経済」を取り入れることにしたのだ。
 つまり、農産物に関してはEU諸国内だけの貿易とし、他の国とは一切、貿易をブロックしてしまったのだ。
 「そんなわけで、ブランデーも輸入されなくなったんだ。国産のブランデーは高いしね。」と、お父さんのやけ酒飲みが始まった。
 「でも、ブランデーぐらいはしょうがないとして、小麦や肉も日本に入ってこなくなっているのよ。ヨーロッパでは畜産が農業の50%を超えているんだけど、寒波のおかげで牧草が生えず、家畜のえさも大変みたいよ。」
 よっぱらったお父さんに変わって、お母さんが説明してくれた。
 「ふーん、ヨーロッパは大変なんだ。外国に食料を輸出するどころではなくなっているんだね。じゃあ、他の国はどうなっているんだろう。」
 剛くんは日本が最大の貿易相手国であるオーストラリアを調べてみることにした。



4.オーストラリア
 オーストラリアの人口は約2000万人、東京都と神奈川県の人口を加えた数よりも少ない人口だ。10年くらい前までは、人間の数より羊やカンガルーの数の方が多かった。カンガルーは野生なので、突然道路に飛び出してくる。そこで車とぶつかり、カンガルーがはね飛ばされる事故が後を絶たなかった。
 そこで、車には「ルーバー」といって、カンガルーに体当たりされても大丈夫なように、バンパーの前に太い鉄の棒を取り付けていたものだった。
 「昔は道ばたにカンガルーやウオンバットの死体が転がっていたものさ」と、お父さんがしみじみ語った。
 「エッ!お父さん、オーストラリアに行ったことあるの?」とのさくらちゃんの質問に、お父さんはなつかしそうに、
 「波乗りにな・・・」
 どこかのコマーシャルの犬のようだと思いつつも、剛くんはお父さんに質問した。
 「じゃあ、今は野生動物は減っているの?」
 「動物も減っているし、農業も大打撃を受けているんだ。」
 お父さんは、こう言ってオーストラリア農業の現状を説明してくれた。
 今、オーストラリアは干ばつの被害にあっていた。かつては小麦の生産が盛んだったクイーンズランド州では特に被害は深刻で、三年間も雨が降っていない。川は干上がり、草も生えず、農地は砂漠化されている。乾燥した森林では各地で山火事が発生するが、水不足のために消火活動も十分に行えない。逃げ遅れたカンガルーやコアラは、大きく減少していて、特に動きのおそいコアラは、今や絶滅危惧種に指定されているそうだ。
 オーストラリア農業は完全に崩壊し、自国民が食べるだけでも足りないほどで、とても外国に食料を輸出できる状態ではなくなっている。
 「それで、私の大好きな讃岐うどんも食べられなくなったのね。」
 さくらちゃんは、残念そうにそう言った。
 讃岐うどん用の小麦も、実はオーストラリアから輸入されたものだったのだ。
 そのようなわけで、今、オーストラリアからの食料の輸入は完全にゼロになっている。オーストラリアから輸入されているものと言えば、わずかに鉄鉱石と石炭だけになっている。
 テニスの全豪オープン始め、各種のスポーツ大会も水不足のためすべて中止になり、観光客も大きく減少している。観光収入はオーストラリアにとって重要な経済資源であり、政府は諸外国に緊急経済支援要請を発令したそうだ。
 「フーン、オーストラリアは大変なんだ。何とか支援しなくちゃいけないね。」
 剛くんは庄司家の食卓よりも、オーストラリアの人々のことを心配し始めた。
 「そうよ。だから食べ物が少ないのはしょうがないことなの。ぜいたく言ってはいけないのよ。みんなでがまんしなくちゃ。」
 お母さんも、外国のことを真剣に考え始めたようだ。
 だが、もっと深刻な事態に落ち込んでいる国がほかにもまだあったのだ。



5.中国
 かつて中国は「一人っ子政策」をとっていた。中国で人口が急増したため、共産党政府がこの政策を示したのである。
 「一人っ子政策」を実施してからしばらくの間は人口は減少した。しかし、この10年の間に中国では「一人っ子政策」の重大な欠点に気づき始めた。生まれた子供が小さい頃は誰も気にとめなかったが、成長し、子供たちが生産年齢人口に達したとき、この世代の人口が異常に少ないことに気づいたのだ。今や中国は極端な少子高齢社会になっていたのである。
 このままでは昔の日本の二の舞になることを恐れた政府は、「一人っ子政策」を解除し、逆に「育児休業法」を発令したり、3人以上の子供を産んだ家庭には報奨金を出すなどの政策に切り替えた。
 一人っ子として育ち、兄弟愛に飢えていた人たちは、多くの子供を欲しがったので、結婚するとたくさんの子供をもうけるようになった。その結果、中国の人口は急激に増加し始め、今では20億人に達するほどになっていた。
 今、中国の人口は、65歳以上と18才未満が異常に多く、18才から65才の人口が極端に少ない構成になっている。人口をグラフで表した「人口ピラミッド」には「富士山型」、「つりがね型」、「つぼ型」といわれる形があるが、今の中国は「砂時計型」とでも言える人口構成になっていたのである。
 上の年齢と下の年齢の世代を同時にまかなっていかねばならない、当時一人っ子として育てられ、今では生産年齢に達したグループには、重い負担がのしかかった。税金は高い、社会保険料負担金は重い、その上、人口に比較して労働力が極端に少ないので、中国のGDPは大幅に下がってきた。
 もともと一人っ子として甘やかされて育ってきた人たちには、とても耐えられる負担ではなく、富裕層は中国を逃れ、他国へ移住し始めた。こうして、中国経済は破綻の状態に追い込まれていたのである。

 「それだけではないんだよ。人口が増加したことから、中国は大変な水不足になっているんだ。」とお父さんが付け加えてくれた。なんでも、生活用水確保のためダムを何カ所も建設したため、黄河の水が干上がってしまいそうなので、黄河と長江を運河で結び、長江から水を引く計画をしているのだそうだ。
 「昔、日本で聖徳太子が活躍していた頃、中国の隋(ずい)という国では、煬帝(ようだい)という皇帝が黄河と長江を結ぶ運河を計画したんだが、失敗したことがあった。今の中国も財力が続くかどうか、疑問だな。」とは、お父さんの意見だ。
 極端な労働力不足から、中国では工業でも大きく生産性が減少している。水不足のため、砂漠化がいっそう進んで、農地もどんどん減少している。
 「じゃあ中国は人口が増え続けているけれども働く人はいないし、農地も砂漠化のために減っているんだ。」
 剛くんはため息をつきながらお父さんに言った。
 「10年前は中国は日本に野菜をたくさん輸出していたんだが、今では輸出どころか、輸入に頼っているんだよ。だから、中国からも食料は日本には来なくなってしまったんだよ。」
 「じゃあ、日本はどうすればいいんだろう。」
 ご飯と卵だけの目の前の食卓を見ながら、剛くんはつぶやいた。
 お父さんは剛くんに勇気を与えるために、こんな話をした。
 「昔、日本には農林水産省というお役所があって、日本の農業や漁業を育てる立場にあったんだ。ところが最もえらいはずの大臣は自分の儲けしか考えず、事務所費とか言って税金を勝手に使ったり、国民のことを考えなかった人もいたんだ。」
 「ああ、なんとか還元水とか言って国民から失笑を買った大臣とか、大きな絆創膏(ばんそうこう)をつけて国会に出てきた大臣たちね。でも、そういう時代だったんだから、しょうがないんじゃない?」
 お母さんが相づちを打った。お父さんは続けて
 「そうだったね。でも、国民も悪かったと思うな。10年くらい前までは株だとか財テクだとか、金もうけにばかり目を向けて、食料の自給には誰も関心がなかったのさ。食料は外国から安く買えばいいと思ってね。そして、金持ちはゴルフで余暇を過ごしていたのさ。」
 「それじゃあ、今は違うの?」
 さくらちゃんが鋭くお父さんに質問した。


6.日本
 「10年前と比べれば、日本の農業政策は大きく変わったよ。」
 お父さんの説明が続いた。
 「10年ほど前までは、日本は減反政策をとっていたんだ。米の値段を落とさないために、田んぼの面積が増えるのを抑えていたんだよ。」
 「じゃあ、お米を作れない農家もあったの?」
 との剛くんの質問に、お父さんは
 「そうなんだ。田んぼを作らない、つまり、稲作をしない農家には報奨金と言って、国から補助金が出ていたんだよ。」
 と答えてくれた。すると、さくらちゃんが
 「えっ、それじゃあなんにもしない農家がお金をもらえたの?」
 と、お父さんにするどく質問した。
 「そうなんだ。その結果、以前は田んぼだった土地も米づくりをやめ、荒れ放題になってしまったのさ。このような土地を、耕作放棄地(こうさくほうきち)と言って、当時はどのくらいの広さがあるのか、よく分からなかったみたいだけど、だいたい39万ヘクタール、なんと埼玉県ほどの広さの土地が荒れ地となっていたんだ。」
 「ひどい!日本の食糧自給率が40%しかないっていうのに、農家は土地をなんにも利用していなかったの?」
 剛くんはふんがいした。学校では日本の国土は狭く、人口密度は世界の国々の中でも高いと教わっていたので、こんなに広い土地がむだになっていたとは知らなかった。
 剛くんとさくらちゃんの興奮が冷めるのを待って、お父さんが話し始めた。
 「10年前まではこうだったけど、今ではずいぶん変わってきたんだよ。ここ数年のうちに、国民は政府の農業政策に疑問を感じるようになってきたんだ。それは当然だよね。こんなに豊かな国なのに、しょうゆも食卓にそろわないんだから。」
 「で、どう変わってきたの?」
 剛くんの質問にお父さんは話を続けた。
 「国民は農地を確保し、水田や畑を増やすために、ナショナルトラスト運動を始めたんだ。」 
 「ナショナルトラスト運動って何なの?」
 さくらちゃんの質問に、今度は剛くんが
 「もとは、環境を守るために市民がお金を出し合い、企業や自治体が持っている土地を買い取って自然を残したんだ。北海道の知床半島などは、そのおかげで世界遺産に登録されたんだよ。」
 と説明した。
 「今は、地球環境だけでなく、農地にもナショナルトラスト運動が進んできたんだ。田んぼや畑の間に転々とあった耕作放棄地を国民が買い取り、広い土地で稲作や野菜づくりができるようになってきたんだよ。国やお役所など、古い考えの人たちには、このような発想はなかったので、運動についていくのがやっとというのが今の状態なんだよ。」
 「でも、誰が広い土地で働くの?だって、日本も中国と同じように少子高齢社会が続いているんでしょう?」
 さくらちゃんが、またもするどい質問をした。
 「いい質問だ。残念ながら日本には今のところ農業で働く人の数は少ないんだよ。そこで、世界中から若い人たちを日本に招いて農業技術の習得に協力するようになっているんだ。昔、青年海外協力隊というものがあって、日本の青年がアジアや中南米などに行って農業技術を教えていたんだが、今は積極的に日本に招いて指導しているんだ。これを青年国内協力隊というんだ。」
 「青年国内協力隊は活躍しているの?」
 剛くんの質問にお父さんは
 「ああ、とってもね。かれらは自国ではなかなか職が見つからないけれども、日本に来て家族のために働いて給料をもらい、いずれは国に帰って農業の指導者になる夢を持って頑張ってくれている。これは、おたがいの国にとってプラスになることなんだよ。」
 と言って、もうひとこと
 「これからの日本の農業は明るくなるさ。それまで、もう少しの辛抱だよ」と付け加えた。



7.エピローグ
 今、日本の農業は減反政策などの規制もなく、JAのような大きな組織が農業を動かすこともなくなった。国民の力が農家を支え、農家はのびのびと自分の作りたい作物を生産している。
 兼業農家は大幅に減り、農業だけで生活できるだけの基盤も整ってきた。青年国内協力隊でやってきた海外の若者を見て、日本の若者も少しずつ農業に目を向け始めている。企業も農業に参入し、大手製粉会社が小麦の、しょうゆ会社が大豆の生産を始めるようになってきた。
 日本は、10年前にアメリカで起こったリーマンブラザーズの破綻から始まった世界的不況の反省に立って、証券・金融中心の経済から一次産業を見直す動きに変わってきた。
 「お父さんも昔はゴルフをやったものだが、今はほとんどのゴルフ場が小麦やさつまいもの畑になっているんだよ。農業に適さないゴルフ場は、子供の遊び場になっているね。考えてみれば、金持ちの大人しか遊ぶことのないゴルフ場は、国土が狭く、食糧自給率の低い日本にはむいていなかったんだよね。」
 「ゴルフができなくなったのはしょうがないわよね。それより、もっと農地を増やすことが大切よね。」
 このお母さんの意見に剛くんはうなづいた。
 「でも、それだと日本に食料が余ってしまわないかしら。」
 このさくらちゃんの疑問に、お父さんがこう答えた。
 「今、多くの国が食糧の不足で困っているんだ。日本はヨーロッパやオーストラリアのように、異常気象が起こらなかったので、土地さえあれば、十分に食料を作ることができる。今こそ、これまでお世話になってきた国々に恩返しをするときなんだ。お父さんがゴルフができなくなったくらい、たいした問題ではないんだよ。」
 国の統計では、日本は今後三年以内に食糧自給率を100%にでき、さらに、アメリカを上まわる世界一の食料輸出国になるという。
 「そうなれば、アフリカの子供たちも腹一杯ご飯を食べられるね。」
 そう言って剛くんは、しょうゆの入らない生たまごをご飯にぶっかけた。(おわり)

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