もったいないということ

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 ノーベル平和賞を受賞したケニアのマータイ氏は、「もったいない」という日本語を世界に広めたいと述べたそうである。

 このこともあって「もったいない」は入学試験にも頻繁に出題されることになった。滋賀県の嘉田知事も、選挙のときの標語に使ったように記憶している。
 たしかに、生活の中で「もったいない」と感じることは多々ある。資源にせよ、食料にせよ、節約すべきところは、もちろんそのようにすべきである。
 しかしながら、あまりにも「もったいない」を優先するために、人々の営みが萎縮することがあってはならないのではなかろうか。どこかの料亭が「もったいない」からと言って料理をたらい回しにしたり、製菓業者が「もったいない」からと言って賞味期限をごまかした例は別としても。
 私は算数の教師として、生徒にはノートをぜいたくに使うように指導している。その結果、計算ミスは減り、成績を向上させた生徒は大勢いる。ところが、ある生徒が学校の先生に「もったいない」と注意されたそうである。ノートくらいはぜいたくに使っても許されると思うのだが。
 情報が氾濫している今の世の中で、いかに上手に情報を捨てるかが重要だと思う。「もったいない」と取っておいては書庫も頭の中もパンクしてしまう。
 たまには豪勢な旅行に出かけ、パーッと散財するのも気分転換にはいいのではないだろうか。もっとも、散財できるだけの蓄えがあればのことだが。
 好景気とは、世の中にお金が流通することである。「もったいない」からと、世の中全体が節約に走り、お金を使わなくなってしまうと、やがて景気も後退してしまうことになるであろう。
 「もったいない」も、ほどほどが良いのではないだろうか。

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