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zoom RSS 入学試験と就職試験

<<   作成日時 : 2013/12/02 12:39   >>

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 若いころ受ける数多くの試験の中で、おそらく最も大切な試験は、入学試験と就職試験だろう。

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入学試験と就職試験では、その性質上大きな違いがある。かたや入学試験は、入学後に学校の指導方針やカリキュラムに耐えうる人間かどうかを判定する試験であり、かたや就職試験は、企業が求めている人物であるか否かを判断する試験である。したがって、入学試験と就職試験では、その性質上大きな違いがある。しかし最近、入学試験が就職試験化しているように私には思われる。
 入学試験と就職試験の決定的な差は、人物の評価の仕方にあると思う。就職試験において、面接試験があるのは当然のことである。これにペーパーテストの成績や学歴も勘案して、その上で企業が気に入った人間を選べばよいのである。
 入学試験においての人物評価はただひとつ、それまでの努力による評価=ペーパーテストの得点によるべきと思う。ペーパーテストで高得点した者は、努力した人間である。合格点に達しなかった者は、努力が足りなかった。これがすべてである。人よりも努力をした者が栄冠を手にする、これはスポーツでも学業でも同じである。これを一発勝負の弊害というなら、それもよい。真剣勝負は生きるか死ぬかしかない。一発勝負で敗れたのなら、どんな事情があろうとも潔く負けを認めなければなるまい。いずれにしても、努力を怠った者は、何回勝負しても結果は同じなのだ。このような入学試験が、どこからも文句の出ない、最も単純でフェアなものであると思う。
 国公立の大学入試において面接試験を導入する動きが出てきた。人物評価を重視するためというこの制度導入に、私にはどうしても納得できないことが一点だけある。
 就職試験とは異なり、入学試験の主催者は高校や大学、いわば学問の修業場である。高校や大学に入学後に、入学者をしっかり鍛えることによって、世の中にとって有為な人物を送り出すことこそが、学業を教授する側の責任なのではないだろうか。面接試験で立派な人物だけを入学させるのであれば、それは教育者としての学校側の責任を放棄するものといわれても仕方ないだろう。
 どうしても入学試験に面接を採用するというのであれば、その時点で問題のある受験生のみを合格させ、学校で立派な人物に育て上げるのが筋だと思う。

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