習いはじめ

画像 「数学が苦手」と言っていた子が入塾して数学を勉強し始めると、たちまちのうちに理解してしまい、その後はすらすら問題を解いていくようになる。このような例は、実はよくあることである。

 なぜその子が数学に苦手意識を持っていたのかというと、何のことはない。ただ単に勉強していなかっただけのことなのである。数学に限らないけれども、理解できたかどうかを確かめるには実際に問題を解いてみなければわからない。ところが、授業を聞くだけで確認の行為に入る前に終わってしまうため、理解不能-苦手-嫌い-ますます分からない、という悪循環に陥ってしまうのである。つまり、復習が大切なのである。よほど頭のよい子でなければ、授業を聞いただけで理解することなど不可能である。
 ご恩塾に来る生徒のほとんどが塾は初めてであり、学校以外では勉強したことがない。復習も不十分で、その結果「学校の先生の教え方が下手」なので「数学がわからない」と言い出してくる。ご恩塾で簡単な説明をしたあと問題を解かせてみると、おもしろいように問題が解ける。そうなると今度は「先生の教え方が上手」とお褒めの言葉を頂戴することになる。もちろん、そのどちらでもなく、えんぴつを持って自分で問題を解いたその行為が理解を進めたことに他ならない。
 例えば音楽教室でもフィットネスクラブでも、体験をしてみればなかなかおもしろく、すぐにでもなんとかなりそうな気持ちになってくる。そこで、体験者は早速本格的に練習を始めることになる。すると間もなく壁にぶつかり、そこから先はなかなか思うように上達出来なくなる。
 以上は、私の単なる推測である。私にはこのような経験が無いので、なんとも言う資格がない。しかし勉強のこととなれば、このようなことは十分考えられることである。
 習い始めのときは結果が目に見えて現れてくるので、楽しいしやりがいも感じる。しかしそのあと、少しずつ道は急な上り坂になり、その先には険しい山が待ち構えている。これを乗り越えられるかどうか。そこが勝負となる。

 とにかく、まずは習い始めること。見ただけ、聞いただけで終わっていた段階から復習という行動に移さなければ、そのあとに待ち構えているであろう険しい山とも巡り会うことが出来ない。山を乗り越えられるかどうかは本人の意思と努力によるところが大きいことは言うまでもないが、そのとき見事に乗り越えられるように子どもたちを正しく導くことが指導者の役割であろうと思う。

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