私が歴史に興味を持ったきっかけの話

画像 今月12日、大学時代にゼミでお世話になった先生の卆寿の会に参加してきた。この日が先生のちょうど90才の誕生日にあたっていた。

 以前、お会いしたのが東日本大震災の直後だったので、7年ぶりということになる。そのときも意気軒昂、バリバリの現役だったが、今でも研究活動を続け、社会運動にも参加されているとのこと、恐れ入りましたの一言しかない。
 先生と比べれば、私などはまだひよっこみたいなもの。老後だとか終活だとか、考えたり言えたりできる年齢にはとても達していない。幸い、私にはご恩塾がある。ご恩塾を通して、これから社会への恩返しを始めるスタート地点にようやく立ったばかり。まだまだ頑張り続けなければ先生に顔向けができないと感じた次第である。

 大学4年の時、大学院の史学科を受験したいと先生に相談に行ったことがある。先生は、「それなら、岩波の『日本歴史』を全巻読みなさい」と言われ、早速読み始めた。『日本歴史』は全25巻で、当時の代表的日本史研究者がその専門分野を執筆した日本史最高峰の全集である。その後、何度か改訂を重ねている。
 理解できないまでも先ずは第1巻を読み始めた。ところが、直木孝次郎氏執筆の「国家の発生」を読んでその内容にはまり込んでしまい、それ以降の論文を読み進めるのをピタッとやめてしまった。そこには、例の「邪馬台国論争」が記されていたのである。
 邪馬台国はどこにあったのか。北九州説の東京大学教授白鳥庫吉氏と畿内大和説の京都大学教授内藤虎次郎氏から始まる論争である。私は、この論文をきっかけに古代史に没頭してしまった。それは今に及び、『魏志倭人伝』をはじめ、邪馬台国論争についての数多くの論文や著作も読んだし、全国にある多くの遺跡を巡ったりもした。
 邪馬台国はどこにあったのかは50年たった今でも解き明かされていない。本能寺の変、坂本竜馬暗殺など、日本史には数多くの謎があるが、邪馬台国の存在は、日本史最大の謎であると思う。
 古代史に没頭したあと、社会人になってからは、日本の中世、近世、近代、現代、要するに日本史全体を勉強し続けた。大学受験ではそれほど興味のなかった日本史が、今では私のライフワークと言ってもいい存在になっている。このことは、塾の教師として歴史を教える立場になってからは、私にとってとても大きな武器になっている。このようなことを書くのは僭越ではあるが、私の歴史の授業から将来を決めた生徒も少なくはない。「中・高で歴史の先生になる」、「歴史学者になる」、「塾の先生になって歴史を教える」、最終的な帰結はともかく、このように将来の夢を話してくれる生徒たちが現れたことは私にとってとても幸せなことである。

 私をしてこのような歴史好きにさせた先生こそ、卆寿を迎えた大学時代の先生なのである。因みに、その先生の名は、安孫子鱗先生という。安孫子先生の今後のご健康とご活躍を願ってやまない。

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