父の日

パンダ3.jpg熊さん「何かい?母の日つうのは聞いたことがあるが、父の日ってえのは一体全体何なんだい?」
八っつあん「それで、あっしもちょっくら調べたんでごぜえやすがね、なんでも母の日は1914年に、父の日はそのずうっとあとの1972年にアメリカで制定されたそうでごぜえやすよ」
熊さん「なるほどのお。それじゃワシのような年寄りには父の日のことなんざあ知らねえはずだ」
八っつあん「父の日なんざあ、日本では1980年代に入って、デパートが販売戦略から取り上げるようになったそうでやんすがね」
熊さん「つまりは、商業主義のための父の日っつうことか。そんなら、じいじの日、ばあばの日もつくったらいいじゃねえか」
八っつあん「ちげえねえ」

 江戸時代の長屋風に、熊さんと八っつあんに父の日を説明してもらった。アメリカのクリスチャンでなくとも、母の日の存在は理解できるし、だからこそ日本でもその風習は長く続いている。母の深い愛情に感謝する気持ちは、子として当然である。一方で、父に対する感謝は、どれほどの子どもが感じているであろうか。
 夫婦の離婚率は年を追って高まっているそうで、最新の離婚率は35%であり、3世帯に1世帯以上が離婚していることになる。かつては成田離婚が騒がれたこともあった。そして熟年離婚やDV離婚、最近ではコロナ離婚と、まさしく離婚オンパレードである。
 子どものいる家庭で離婚した場合、子どもの養育は母親に託される場合が圧倒的に多い。4年前の調査ではあるが、母子家庭が1232万世帯であるのに対し、父子家庭は19万世帯弱にとどまるそうだ。

ここからは私の勝手な考えである。離婚して子どもを残して出て行く、あるいは子ども共々母親を追い出すような父親はまともな男ではない。どんな状況であっても男はじっと耐えることこそが美徳であり、妻と子どもを育て終えることが男としての責務である。
 離婚して父親を失った子は、父をどう思うだろうか。父の日だからといって、父に感謝する気持ちなど金輪際持たないにちがいない。両親が健在である子どもにとっても、母親に対する愛情と同等かそれ以上のものを父親に持っている人がどれほどいるであろうか。その証拠に、母を歌った歌謡曲は数え切れないほどあるが、父についてはほとんどないことが言える。
 一方で、父を主題とした文学は、古今東西にあまたある。子どもが目にする日本文学の中にも、教科書に掲載されているものも含めて数多く存在する。しかし、そこで扱われている父親は、一風変わった変人であることが多い。すなわち、義理や人情で生きている男や、昔ながらの絶対的権力を持った封建的なわがままおやじである。このような父親像は、文学に登場することは出来ても、詩の世界では取り扱われることはないのである。だから、そもそも父親には愛や慈しみ、といった言葉はなじまないのである。
 
 ご恩塾生の半数以上は、母子家庭の子である。この子たちと接している中で私が感じるのは、父を失い母子家庭の中で育った子どもたちへの配慮が世の中にもっとあっても良いのではないか、ということである。
 学校においては、国語の授業の中で、あるいは道徳の授業の中で、また読み聞かせの会などで父親を扱うとき、父親のない子どもたちの存在をもう少し考えて欲しいと思う。父の日も結構だが、仮に父親がいかにやさしく偉大で勇猛で世のため人のために尽くした存在であったとしても、そのことを父親に求めることの出来ない子どもの存在も知っていて欲しいのである。

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