下町の修理工場

 harbarbridge.jpg40年以上にわたって進学塾で教師をやってきた。進学塾とは、生徒を私立中学や国立中学に進学させるための塾である。そのためには中学受験があり、試験内容は公立の小学校の学習範囲を大きく超えている。当然、進学塾の授業はレベルの高い内容になるし、参加する生徒も授業についてくるだけの能力と学習姿勢が要求される。

 進学塾で聡明な生徒たちに授業するのはとても楽しかった。こちらで説明することをどんどん吸収するし、やるべきことはしっかりと行動で示してくれた。生徒たちからは「おやじギャグ」と冷やかされようが、私としては結構レベルの高いジョークだと思って話したことも生徒たちはよく理解してくれた。そんなことを通じて私と生徒たちとの絆が深まり、お互い楽しみながら勉強することが出来た。
 その結果、多くの生徒たちは彼らの希望する中学に合格し、そこで6年間じっくりと研鑽を重ねて一流大学へと進学していった。いま、私が教えた多くの生徒たちは大学を卒業して大企業で幹部になったり、あるいは教師や医師などとなって活躍している。
 多くの私の卒業生が社会で活躍していることをご存じの方から「相変わらず貧乏しているのはあなただけですね」と言われ、確かにその通りだと思った。そしてそれでいいと思っている。

 ちょっと話が懐古的になってしまった。すなわち、これまでの人生で私が行ってきたのは、放っておけば見過ごされたかもしれない素晴らしい原石を磨き、世に送り出す仕事だった。昔はこのような仕事をするものを「山師」と言った。この言葉にはあまり肯定的なイメージはないけれども、確かに進学塾で働く教師には将来の器を見いだす山師的な役割がある。これは、素晴らしい仕事である。この仕事を長年にわたって続けられたことはとても幸せだった。

 子どもたちに勉強を教えることにかわりはないが、今、私が携わっている仕事は、山師的な仕事とは少しそれたことのように感じていた。今までとはどこか違う。しかしどこが違うのかと考えれば、なかなか自分で納得できる違いを見いだせず、ここまで来てしまった。もちろん、学費だとか授業内容のことではない。

 「下町の修理工場」この言葉が突然ひらめいたのは、1年ほど前のことである。それ以来、しばらくこの言葉をあたためてきた。
 湘南台が下町かどうか分からない。少なくとも山の手とは言いがたいだろう。世間ではほとんど知られていないこの小さな町にある小さな小さな塾が、ご恩塾である。そんな、湘南台に住む人にすら知られていないミカヅキモのようなご恩塾も、来年は3年目に入る。
 ご恩塾は、これまで学校以外で勉強できる機会を与えられてこなかったり、勉強できる場からスポイルされた子どもたちが集まる場である。中には磨き上げればダイアモンドのように光り輝く原石のような子もいる。そのような子も含めて、ご恩塾はこれまでは錆び付いていたり、挫折し壊れそうになっている子どもたちを修復し以前のような輝きを取り戻させる場ではないのか、と思い至るようになった。すなわち、進学塾が加工工場だとすれば、ご恩塾は修理工場の役割を果たさなければならないのだ。
 ご恩塾を立ち上げてからこれまで、私はあまりにも理想を高く掲げすぎていたのかもしれない。せっかく入塾してもやる気が見られなかったり、現状に妥協し甘えている子どもたちを見ると、無性に腹が立ったものだ。進学塾教師を終えた今、自分は修理工場の職人であるとの自覚を持って、もう少し気長に子どもたちの学業の遅れや心の痛みと接し、わずかずつでも修理、改善させていかなければならなかったなと、今年の反省として思っている。

 開塾3年目を迎えるにあたり、入塾した生徒が中途で去って行くことなく、かつ新たにご恩塾の扉をたたく子どもが増えることを願い、何かの縁で結びつきを持つことになった子どもたち全員を輝きの世界に導くことができるよう、来年も気持ちを改めて頑張りたい。
 

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