湘南台文華堂

画像 小田急線に加えて相鉄線や横浜市営地下鉄線が入って湘南台駅が新しくなり、慶應義塾大学が湘南台近辺に進出した。それに伴って湘南台駅前にも有隣堂のような文化施設が出来、若者と文化の町湘南台が出来上がるかに覚えた。

 しかし、湘南台文化の拠点となると期待した有隣堂が2004年に突如撤退し、そのあとにはあろうことかパチンコ店がやってきた。今、湘南台駅前にあるものは、西口、東口ともパチンコ店やカラオケ店、ファミレスだらけで、スーパーや薬局、銀行がかろうじて昔の面影を残しているのみである。六会や長後のような昔ながらの小田急線駅にはない、開放的、文化的で近代的な駅が湘南台には期待されていたはずである。それも夢のまた夢。湘南台駅前も、そこら辺の駅前となんの変哲もない、没個性的な駅となり下がってしまった。

 それでも、湘南台の文化的拠点として今日まで唯一残されていたのは湘南台駅東口にある湘南台文華堂であった。その文華堂も明日で閉店することとなった。私としては40年間湘南台駅東口で学習塾を営んできた身として、とてもとても残念である。ちょっと教材が必要になった、あるいは突然文房具が足りなくなったとき、どれだけ助かったか、もう数え切れないほどである。今のご恩塾でも同じようにたいへんありがたい存在であった。

 私が本を出版したとき、文華堂さんの売り場の中で最も目立つ所に、山積みにして本を置いていただいた。このご恩は文華堂さんがなくなっても、一生忘れられるものではない。とにかく、私にとって文華堂さんはご恩を受け続けたままの、いつまでもいつまでも忘れられない存在なのである。
 閉店直前に偶然、経営者の岩崎さんとお目にかかった。「残念ですね」と私が言うと「時代ですから」とのご返事があった。有隣堂も文華堂さんも、時代の波には逆らえきれないものがあることは、承知している。そのことは十分承知の上で、時代の波は本当に正しいのだろうかと自問する自分がいる。

 何十年も前に湘南台で塾を始めたころ「立派になられましたね」と私に話しかけて下さった美しいご婦人がいた。その後も、ことあるごとにお会いすると「大きくなって・・」と、私の会社の発展を我がことのようにその方は喜んで下さった。見ず知らずの方が私を応援している。そんなことは私の人生では始めての経験だった。思えば、その美しいご婦人とお会いしたのは、いつも文華堂さんの店内であった。その方が文華堂さんの経営者である岩崎さんであることを知ったのは、ほんのつい最近のことである。

 私も年を取ったけれども、新しいチャレンジを始めました。岩崎さん、いつまでも湘南台と私を見守っていてください。

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