金で動く人

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 人が生きていく上で、金は必要である。では、どの程度の金があれば人は満足するのだろうか。大企業の経営者ともなれば、億を超える年収を得ている人もいるという。それだけの金額をもらうだけの価値があると認められているからもらっているのだろうが、私などは、そんなにもらって、いったい何に使うのだろうかと思ってしまう。しかし、たぶん贅沢にはきりがないのだろうから、このような人でも、もっと金が欲しいと思っているのかもしれない。

 金が欲しいと思う心は邪悪なものとは思わないし、むしろ人としてごく普通の感情であると思う。しかし、金で心を奪われたり、人を裏切ったりする人間を人間として信用することは出来ない。
 漱石の『こころ』に、「さき程先生の云はれた、人間は誰でもいざといふ間際に悪人になるんだといふ意味ですね。あれは何ういふ意味ですか」と「私」が「先生」にたずねたところ、「先生」は「金さ君。金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ」とこたえる場面がある。あの「坂の上の雲」の明治の世にしてこうである。まして魑魅魍魎が渦巻く現代にあっては、なおさらのことであろう。

 人はある時期から仕事を始める。そこで収入を得、生活の糧とする。仕事をしても収入を得られなければ生活することが出来ない。したがって、人はある意味金のために仕事をするということが出来る。そして、このことはもっともなことであり、誰も否定できないことである。しかし、金のためだけに仕事をするのかというと、そうではない。

 私自身、金にまつわることで嫌な思いをしたことは一度や二度のことではない。会社の業績が良いときにはシッポをふって愛想を振りまくが、ちょっと業績が悪化してくると、さっさと会社を逃げ出す人間。うまい儲け話に乗せられて大やけどをした人間。いろいろな人間とその本性を見てきた。
 金のためのみで動く人間は、人生の生きがいや喜びを金の価値でしか計ることの出来ない人間である。そのような人間は、最終的には人から信用されず、世の中から認められず、結果としてまっとうな人生を歩むことのできない人間となる。
 「おまえは甘い」と言われるだろうが、それでも私は人生には金では計ることのできないことがらがあると思っている。

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