国民審査

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 社会科の教師として、小学生や中学生には、国民が主権者であること、主権者たる国民がもっている権利に参政権があり、参政権の中には最高裁判所裁判官の適否を判断する国民審査権が含まれていること、を教えている。

 国民審査権を、三権分立の中で国民が裁判所に対して持つ抑制権であると教わり、国民審査の実態を知らない子供たちは、このことで日本が民主主義国家であることを認識するであろう。
 しかしながら、国民が行使する権利や義務の中で、この国民審査ほど無意味なものはそれほど多く存在しないのではないだろうか。第一、有権者は国民審査に対して小学生や中学生ほどの知識を持っているのだろうか。
 衆議院議員選挙の「ついで」に行われる国民審査の結果、裁判官として不適任だと判断され、職を追われた最高裁判所裁判官は私の知る限り一人もいない。「×」をつけなければ信任されたことになるのだから、審査される側は気楽なものだ。われわれ国民は、審査される裁判官を全くといっていいほど知らない。ちらりと小さな写真を見る程度で、声を聞いたこともない。「裁判官なんだからえらい人なんだろう」と思うくらいしか判断基準がないので、名前の上に「×」をつけることはなかなかできず、結局白紙のまま投票箱に入れてしまう。これで信任である。
 今回の衆議院議員選挙の関心は高いと聞く。期日前投票をした人数も増えていると新聞に載っていた。ところが、国民審査は期日前投票開始と同時ではなく数日後から行われるという。審査される裁判官と国民をバカにした話だ。お上の方でも「どうでもいい」と思っている証拠であろう。
 国民審査が無意味だとは言わない。現行の審査方法がばかげていると思うのである。安倍内閣のとき、多くの時間をかけて、何の意味もない「国民投票法」なる法律が成立した。新しい内閣では、国民審査の方法をよりオープンにし、衆議院議員選挙の候補者のように、審査される裁判官が場合によっては否認されかねないような審査基準を示した法律、たとえば「国民審査法」をつくったらどんなものだろう。

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