千代と富子

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 中学2年生の歴史の授業で応仁の乱を扱ったときのことである。例によって脱線し、授業の内容はいつのまにか日野富子の話へと逸れていった。

日野富子と言えば、八代将軍足利義政の妻で、天下の悪妻として名高い女性である。書名は忘れたが、司馬遼太郎さんの戯曲にも応仁の乱を引き起こした金の亡者として登場している。
 それによると、つくる必要もないところにまで関所をつくり、そこで通行税を召し上げ、私財を蓄えていたとか。そして遂に、自分の子供が生まれるや、山名宗全の助力によって子を九代将軍(のちの義尚)に押し立て、それに反発する細川勝元等と争うことになった。これが11年間も続き、ついには京都を焼け野原にした応仁の乱の始まりである。こんな話に今年の中学二年生は大変関心を持ち、興味を持って聞き入ってくれた。

 一方、司馬遼太郎さんの『功名が辻』には山内一豊の妻、お千代さんが描かれている。こちらは良妻賢母の誉れ高い女性である。たまたまその日の夜、新婚ほやほやの若奥様が拙宅に来たことから、今度はお千代さんの話にうんちくを傾けることになった。
 お千代さんといえば、何と言っても旦那に天下の名馬を買い与えた話が有名である。どんなに生活が厳しいときにもギリギリまでとっておいたへそくりを馬一頭を買うためにポンと出してしまったわけである。また、元禄時代に流行った振り袖も、もとを正せばお千代さんの発明であったとか。そうそう、鶴を折るあの「千代紙」も、お千代さんに由来するそうである。写真の郡上八幡城を訪れたとき、馬を引いたお千代の像があった。お千代さんはこの城の家臣の子であったとする説があるのだそうである。

 千代も富子もNHKの大河ドラマで扱われた人物である。ふだんは思い出すこともないこの二人の女性の名前が、同じ日に話題になり、私にとってはとても愉快な一日だった。それにしても、天下の悪妻の旦那も、良妻賢母の旦那も、どちらも女房には頭が上がらなかったようである。その点に限って言えば、私も将軍様か大名様なみかと、妙なところで納得した次第である。

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