昭和世代と平成世代

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 数年前、アパラチア山脈の麓にあるアメリカ東部の小さな町を旅行したときのことである。町でコンサートがあるというので、見物に出かけてみた。そのプログラムの中に、子供たちにフラフープを使って踊ってもらう場面があった。

司会者が「前に出て踊りたい人はー?」と聞くと、コンサートに来ていた子供たちが皆、「ハーイ!」と手を挙げてステージに上るのである。そして、演奏開始とともに、子供たちは皆、フラフープで踊り始めた。もちろん、フラフープを上手に操れない子もたくさんいた。そんなことにはお構いなしに、子供たちはその場を楽しみ、見物していた大人たちの拍手喝采を浴びていた。
 数年前の日本なら、このようなことは考えられないことだった。こんなとき、日本の子供たちは皆尻込みして、積極的に手を挙げて前に出て踊ろうとする子供など、ほとんどいなかった。子供たちは皆、はにかみやであり、引っ込み思案だった。前に出て踊りたいけれども恥ずかしい。しくじったらどうしよう。あとで何か言われるんじゃないだろうか。こんな事を考えて、結果として自分という存在を素直に前面に出すことを避けようとしたものである。
 このことが日本人の美徳と言えば、そうなのかもしれないが、アメリカの子供たちと比べれば、日本の子供たちは自己を表現することが下手だった。今でも尻込みタイプの日本の子供たちはたくさんいる。例えば、先生から質問されて、分かっていても手を挙げない。指名されたら「間違っているかもしれないけれど・・・」とか「間違っていてもいい?」といった条件がつく。こんな場面には職業柄よく出会う。 それでも、昔と比べれば今の子供たちはずいぶん積極的になってきたように感じている。教室で顔を会わせるや、昨日のこと、家族のこと、おもしろかったこと、びっくりしたことなどを、われ先に話したがる。授業での発言も、一昔前と比べるとずいぶん増えてきた。皆の前で文章を読んだり、答えを発表したりすることを恥ずかしがるどころか、積極的に手を挙げるようにもなってきた。
 こんな子供たちを見ると、本当に頼もしくなってくる。私も含めて、多くの大人たち(=昭和世代)は、大勢の人の前に立つことが苦手である。結婚式のスピーチしかり、会議の席での発言しかり。しかし、今の子どもたち(=平成世代)が将来、社会の前線に立つとき、外国人の前であろうと、大観衆の前であろうと、どんな場面でも物怖じせずに堂々としていることであろう。
 今の世の中を見るにつけ、本当に時代は進歩しているのだろうかと疑問に思うことは多々ある。しかし、子供たちが積極的になってきたという事実は、間違いなく進歩だと感じている。

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