実績至上主義批判

東証一部に上場していて藤沢にも進出してきた中部地方の大手塾が高校入試の合格実績をごまかし、公正取引委員会から注意を受けたと新聞に載っていた。

画像
数年前にも、自塾から一流大学に合格したかのように宣伝するため、関係ない人の名前を借りたり、湘南高校の合格実績が県下2位だと偽った塾があった。他塾が調査したところ、当時、湘南高校合格者数の2位は私の塾であったそうだ。
 お人好しの私たちは、このことを何とも思っていなかった。どこそこに何名入ったなどということはどうでもいいことだと思っていたからである。そして、この考えは今でも変わらない。

 一人の受験生がどこかの学校に合格したとして、それが、たまたまその受験生が所属していた塾の指導のおかげであったなどと、どうして言えようか。その受験生を支えていた学校や家族をはじめ、個人や団体は数多くあるはずで、それを、あたかも自分の塾に籍を置いていたから合格できたのだという喧伝は、傲慢にすぎる。

 受験というものが存在する以上、全てがハッピーエンドというわけにはいかない。不幸にして目的を果たすことが出来ず悲嘆に暮れている受験生もいるのである。しかるに、そのような受験生の存在はまるで無視し、数字をごまかしてまで、○○中学□名、○○高校△名と、実績を勝ち誇る塾同士の競争が熾烈を極めている。そしてそこにあがる学校名は、いわゆる偏差値の高い、難関校が一般的である。おそらく、この競争に負ける塾は淘汰されてゆくのだろう。
 しかし、こんなくだらないことで塾が評価され、その結果淘汰されるとしたら、世の中に数多く存在する良心的な塾にとってはたまったものではない。本当に良心的な塾は、一流の学校へ何名入ったかなどは関係ないのである。
 そもそも、良心的な塾は一般に中小塾である。証券市場に上場して資金を集め、全国展開して利益追求に走るような行為は教育者に似つかわしくない行為であると私はかねがね考えている。中小塾であれば、生徒数は大企業塾に及ぶべくもない。何千人、何万人の生徒をかかえる大企業塾で合格者数が多いのは、当たり前の話である。だから、合格者の数だけで実績を判断し、塾を選ぶことは間違いである。

 良心的な塾の教師は「この子は私立でなければ個性を生かすことは出来ない」あるいは「どうしてもこの子を公立の高校に入れなければならない」と判断し、生徒に最適な環境を提供したいがために、必死になるのだ。その際、偏差値での学校評価など関係のないことである。あくまでも生徒の性格を把握し、家庭環境を知って、生徒の将来を考えての受験指導を行っているのである。

 受験生には一人ひとり、それぞれの受験に関わるドラマがある。たとえ、その生徒の希望する学校が偏差値の低い学校であったとしても、必死に努力した結果、その学校への合格を果たしたとき、その喜びはたとえようもない。そこに、合格した学校の偏差値であるとか学校の知名度などは関係ないのである。

 合格者数は少なくても、一人ひとりの受験生を見つめ続け、生徒と家族にとって最も好ましい学校への合格を果たさせること。同じ実績でも、このような実績を他の良心的塾と同様、私も追求していきたいと思っている。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック