他人を見下す若者たち

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 今年は新書ブームの年だった。このことはとても良いことだと思う。千円でおつりが来る金額で、さまざまなテーマで書かれた書物が購入できる。ポケットにも入るサイズは、通勤やちょっとした隙間時間に手にすることもできる。

 新書の中でのベストセラーは、藤原正彦さんの『国家の品格』だそうで、これも歓迎すべきことである。私は藤原さんの考えの多くに共感でき、論理よりも情緒を大切にすべきとの数学者としての藤原さんの指摘には敬服した。本書を多くの人が読んでいることはとても心強いことだと思う。本屋にはいると、『国家の品格』がうずたかく積まれていた。その隣にあったのが本書である。
 先ずはその書名に目がいった。というのも、まさに今、他人を見下す子供たちに直面し、私塾の教師として感じることがあったからである。
 本書が指摘するように、少子化の中で育った今の子供たち(すべてではなく、ごく一部ではあろうが)は、天動説の如く、自分が世の中の中心に居座っていて、世の中は自分の思い通りに動くものだと思ってきた。しかし、小学校高学年、中学生と成長し、少しずつ世の中を知るようになると、成績のこと、部活のこと等で、必ずしも自分の思い通りには事が運ばないことに気がついてくる。その結果、開き直りとも言える行為に打って出る。自分のやることのどこが悪い。自分のことなんだから勝手でしょ。と、人からの注意には耳を貸そうとせず、そればかりか、注意した人間を逆恨みすらするようになる。
 かくして本書の著者である速水敏彦氏の造語である仮想的有能感と言うべきものが、子供たちの中に現実からの逃げ道として構築される。その結果、大人の言うことには耳をかさず、教師を教師とも思わない子供たちが増加してきたという速水敏彦氏の指摘は、実感として正しいと思う。
 他人を見下す若者たち誕生の背景には、親の教育がある。本書の中には非常識極まりない親が登場する。そのような側面も確かにあるだろう。一方で私は、親が余りにも子供を甘やかしすぎたことも原因の一つであるように思う。欲しいものはすべて与え、子供の健康には極端すぎるほど気を遣う。そのような親は、決して非常識な親ではない。むしろ、体験的には子供に優しく包容力のある、おだやかな親が多いように感じる。
 いつの間にか親の手の届かないところに子供が行ってしまい、他人を見下す子供の態度に心を痛めているのではないだろうか。
 残念ながら、中学生になってからではもう遅い。本人がその後の長い人生の中で、世の中からたたかれ続けなければ性根は治らないだろう。だから、自己を確立した人間に育てるためには、小学生のうちに厳しくしつけることが必要と思う。本書を読んで、小学生には道徳的に厳しい指導が必要であると、一私塾教師としてあらためて感じた。
 もうひとつ、子供の精神的成長にとって最も指導が難しい中学・高校時代は私立で過ごさせる方が、本書が指摘する他人を見下す若者に育たない可能性が高いと思う。なんとなれば、高校入試という極めてストレスを伴う精神的圧迫を避けて通ることが出来るからである。

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