美と愛

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 書店には最近「美」とか「愛」のつく書名の本が並んでいる。どちらも私個人の実生活からは最も疎遠な言葉である。世の中全体にとって見ても、なじみの薄い言葉であるように思う。だからこそ、郷愁と願望を込めて、これらの言葉が登場してきたのかもしれない。

 経済が好転してきたらしく、大企業では最高の利益を上げたなどと新聞で発表されている。どこの国のことだろうと思ってしまう。中小企業では相も変わらぬ火の車状態での経営が実態だろう。大企業であっても、社員はどれだけ空前の利益の恩恵にあずかっているのだろう。階層は二極化しているという。庶民にはまだまだ美を求める余裕はないように思われる。
 教育の世界ではいじめによる自殺の問題、高等学校の必修教科漏れの問題、果てはタウンミーティングにおけるやらせ発言の問題等、およそ美だの愛だのとは正反対の事件ばかりが目につく。教育基本法の審議どころではない。
 いったい、「美」とか「愛」といった極めて抽象的で、個々人によってとらえ方の異なる曖昧な言葉が政治の標語として適当なのだろうか。中味の善し悪しは別として、私としては「所得倍増計画」とか「日本列島改造論」などの方が具体的で論点も絞りやすいもののように思われる。
 一つ言えることは、美や愛を追求しようと政治家が考えるのは、恐らく今、日本に美や愛が存在しないからだろうということである。日本にもはるか以前に、このようなものが存在した時代があったことだろう。それが何故無くなったのか。そのことを科学的に追求することこそが必要であるように思う。

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