祖国とは国語

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 ベストセラー『国家の品格』の著者であり数学者である藤原正彦氏は「国語教育絶対論」という論説の中で、「小学校における教科間の重要度は、一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、あとは十以下」と述べられている。そして、国語の中心はあくまで「読み」つまり読書にあると断言される。私は、長い塾教師生活の中で、多くの小学生たちと接してきた。その経験から、藤原氏の主張は全く正しいと思う。

 ご父母の中には、小学低学年のうちに計算力をつけさせるべく、子どもを計算塾やそろばん塾に通わせる方がいる。確かに計算力を身につけさせることは大切である。しかし、計算力だけで算数が何とかなるのはせいぜい四年生までである。「算数が得意だ」と言っていた子どもの算数の成績が、突然ガタッと落ちる時期がある。その時期は四年生後半から五年生にかけてで、これらの子どもに共通しているのは、読書をしてこなかったことである。つまり、算数の問題の中で読解力、思考力が問われ出すと、途端に分からなくなってしまうのである。逆に、本を読んできた子どもは、この時期から算数が楽しくなり、文章題や図形の問題に意欲的に取り組むようになってくる。
 更に、小学生時点での英語教育である。子どもたちが小さいうちから外国人と接することは良いことである。ただ、それが英語圏の人でなくても良いわけで、例えば中国人やドイツ人でも良いわけである。だから、グローバル化イコール英語教育とはならない。
 来年度から小学生への英語指導が本格的に始まるという。このことに多くの人が疑問を持っているだろう。その疑問は当然で、漢字もろくに読めず、作文は大嫌いという小学生がちまたにあふれている今、英語指導まで入れれば、国語力が益々低下することは目に見えている。
 小学生から英語指導を始める理由の一つに、中学生から英語を勉強しても会話の出来ない人が大勢いるから、と言う事情があるという。果たしてそうか。私は、単に英会話の必要がなかったからだと思う。ビジネスの上で英会話が必要になれば、中学時代から培った英語力を基礎に少し勉強すれば、それほど時間をかけずに英語を話せるようになるだろう。そして、それでよいと思う。このことは他の教科すべてに言えることである。社会人になって高等数学の知識が必要なければ、忘れてしまっても生活やビジネスの上で問題はない。
 私は職業柄、英語が話せる多くの日本人を知っているが、彼らの多くが国際人であり教養人であるとはとても思えない。中には英語が話せる以外、何の脳もなく、社会人として通用しない人間も大勢いる。だから、英語を話せることがそれほど重要なことだとは思わない。
 算数や英語よりも、小学生には先ず本を読ませるべきある。何も漱石や太宰でなくても、取りかかりは活字であればジャンルは何でも良い。読書によって、未知の世界に触れ、多くの知識を得ることができ、感動を味わうことが出来る。そして、素直に感動を味わうことが出来る時期は小学生のときだけなのである。「ウチの子どもは本を読まない」とグチを言いつつテレビゲームを放任し、せっせと計算塾や英会話学校へ通わせている親がいる。この親は子どもを点取り虫にさせようとしているだけで、結果、点取りさえ出来ない子どもに育て上げているのである。
 藤原正彦氏は「祖国とは国語である」とも言い切っている。非常に深い言葉である。日本人として、日本語をしっかり勉強し、日本の歴史や文化を身につけることこそ、国際人としても一流の人間に育つと思う。

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