巧言令色鮮し仁

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 何も言わずにじっとご主人様を見つめている愛犬を見ていて、ふと高校時代に漢文の時間で習った「巧言令色鮮し仁」という格言を思い出した。

 平たく言って、口達者な人間にはろくな奴はいない。という意味なのであろう。確かに、今まで色々な人間と接してきて、そう思う。また、テレビなどに登場する人たちの中に、やたらとしゃべりたがり屋がいる。特に、政治討論である。人が話しているのに、おかまいなしに自分の意見を言う、挙げ句の果ては、5人も6人もの登場人物が同時にわめきだし、誰が何を言っているのか、聞く者には全く分からない騒音の世界と化してしまう。このような人たちが本当に日本を代表する人物なのだろうかと思ってしまう。このような口達者な人たちの意見を、とうてい信用する気持ちにはなれない。
 先日テレビで中国についての討論会を見ていた。その中で、ある高名な女性評論家がこのようなことを言っていた。「中国は日本を侵略国だという。南京事件でも日本人は中国人をひどい目にあわせたといって日本を批判する。しからば、中国はどうなのか。中国はチベットでどんなことをしたのか、中国だって同じ侵略国ではないか。」
 このような論理である。私は、このように「おまえだってそうじゃないか」という意見は、どうもフェアではないように思う。
 スピード違反や駐車違反で捕まる。「まわりだってみんなやってるじゃないか」。脱税で告発される。「警察官だって、悪いことをしているじゃないか」。贈賄で逮捕される。「政治家だって収賄しているじゃないか」。
 このように、悪いのは自分だけじゃない。なのに、どうして自分だけが・・・という論理は、言うなればガキの論理である。先の中国問題に戻れば、南京事件は南京事件、チベット問題はチベット問題である。この二つを同じ土俵に載せても南京事件を正当化したことにも、日本を批判する中国に対して反論したことにもならない。

 今まで、私の横を通り過ぎていった人間たちの中にも口達者な輩が少なからずいた。実に上手に自己を正当化する。私は生来、口下手な方なので、このような人たちと話していても、いつも言いくるめられてしまう。しかし、どんなにうまくその場を取り繕っても、このような人間は、いずれはどこかでボロを出すのである。
 言っていることと実際の行動が矛盾する人間も多い。新興宗教の教祖を自認する輩の多くはそのような人種であろう。最近話題の、「摂理」なる新興宗教もそうである。私は教祖の演説を聞いたことがないので、これは想像だが、恐らく教祖は「愛」だ「奉仕」だと信者に説教するのであろう。しかしてその実態は、報道の通りである。
 教師という職業従事者の中に、このような人間は意外と多いのではあるまいか。生徒の前では道徳上立派なことを言う。しかし、私生活が乱れていたり、単なる金儲け主義者だったりの教師がいる。その証拠に、猥褻・窃盗・飲酒運転など、教師の犯罪が新聞を賑わさない日はない。これらの教師も、生徒の前では良いことを言っているのだろう。人生経験も少なく、人を見る目が備わっていない小学生や中学生・高校生がこれらの教師に裏切られることになる。実質的でないにしても、精神的被害者となるのが子どもだけに、教師の犯罪は政治家などの犯罪の比ではない。
 言うことだけ言う割りには、行動力のない人間も多い。口先だけの人間は、いずれ世間から見放されるであろう。人間、いったん口に出したことは果敢に行動に移すべきである。「有言不実行」人間は人間失格である。人生「有言実行」を貫くべきである。
 人生経験の少ない若い人たちは、ともすれば言葉巧みに美辞麗句を並べ、人生を語る大人に傾注してしまう。大変危険なことである。人は、言葉ではなく、その人物、しぐさ、著述、生き様、などで判断すべきであろうと思う。私も、何人もの人間に言いくるめられ、利用されてきた人間なので、偉そうなことは言えないが。

 私も年をとってきて、少しは人間が見えるようになってきた。口の達者な奴は信用するな。これが私の人生訓の一つ、巧言令色鮮し仁である。 

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