性別役割分業観

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 高度経済成長といわれた時代は1950年代後半から始まった。テレビ、洗濯機、冷蔵庫という家電製品が登場し、やがて、カー、クーラー、カラーテレビの3C時代へと繋がっていく。家電製品の登場は女性の家事労働を大幅に軽減し、そのことが女性の社会進出を促していく。

 女性が社会に出て働くことは男女平等の観点からすばらしいこととされ、男女雇用機会均等法が制定され、男女共同参画社会が謳われるようになった。これら一連の流れの中で、旧来の「男は外で仕事、女は家庭で家事と育児」という男女の役割は古い考えであり、封建的思想であるとして葬り去られた。このような考えを「性別役割分業観」とし、あたかも悪しき言葉の如くに語られるようになった。
 女性が社会に進出して活躍することは、むろん良いことであり、優秀な女性が世の中で大勢活躍していることは、紛れもない事実である。しかし、女性が社会に進出するようになった原因は、本当に家電製品が普及したからという単純なことなのであろうか。女性-ここでは、結婚して小さい子供を持つ女性とする-の立場で考えたとき、子どもを保育所に預けて仕事に行くより、できることなら子どもと一緒にいたいと思うのが人情ではないだろうか。
 私は、女性の社会進出に家電製品の普及が貢献したことは認めるが、最大の理由は経済的なものであると思う。父親の収入だけで十分に生活でき、安心して子育てができるのであれば、母親までが働きに出かけようとは思わないはずである。
 女性の社会進出と言えば、近代的でグローバルなイメージが先行するが、このことが両手を挙げて良いことであるとは私には思えないのである。
 今の時代、家事と育児は男女で協力して行うものであって、女性まかせにする男性は、男の風上にも置けない奴である、という風潮がある。数年前、安室奈美恵さんと結婚していたダンサーの父親が「子育ては夫婦で」という主旨の政府のコマーシャルに出ていた。つまり、「夫婦で子育て」は、国をあげての大合唱なのである。ある大企業は父親にも大幅な育児休暇を与えることにしたそうである。
 「昭和生まれの明治人」を自他共に認めている私ですら、子どもたちが小さい頃には、年に数回はおしめの取り替えもしたし、多少の家事労働も多分したと思う。父親が母親の協力をするのは当然のことであり、このことをとやかく言うのではない。
 自分のおなかの中で十月十日育て、そのおなかを痛めて子供を産むのは女性であり、母乳を与えられるのも女性である。母性本能というものもある。だから、子育ては男性よりも女性に向いているのである。これは、おそらくほ乳類全般について言えることである。
 したがって、「女は家庭で家事と育児」という考えは、古いものでも封建的なものでもない。むしろ、女性にとって、一つの権利なのである。このことが経済的に不可能であることが問題なのであり、男女平等の考えと同一視すべきものではない。
 子どもを思う母親の気持ちが父親より強いのは、どうやら子どもが幼少の時期だけのものではないらしい。もう子どもが独立している我が家では、たまに子どもが帰ってくると、それはそれは大変なもてなしようなのである。普段は食べたこともないようなごちそうが山のように出る。そんなとき、私は小さくなって酒を飲むのである。

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