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zoom RSS 簡単には面白さがわからないものにこそ、本当は価値がある

<<   作成日時 : 2016/06/06 02:24   >>

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 ドナルド・キーンさんの名前は、司馬遼太郎さんの著書の中でよく目にしていたので知っていた。この日本文学研究者が、東日本大震災をきっかけに日本の国籍を得たこともニュースで知った。日本びいきと言うだけではなく、本当に大きなご立派な方なのだと思う。

 朝日新聞のインタビュー(2016年5月20日)で、キーンさんは石川啄木について語っておられた。私は啄木のことについてはよく知らないし、その作品も読んでいるわけではないので、何の興味も無い。ただ、友人から借金をしては売春宿に通っていた事実のみから、いけ好かないやつだと思っている。
 キーンさんは、現代人に啄木を読むことをすすめている。そう言われても、私には貧乏ったらしく愚痴紛れで将来への明るさを持たないように感じられる啄木はどうも好きになれない。だから、尊敬するキーンさんのおすすめでも、啄木を読む気にはなれない。
 キーンさんは、現代人が私のように啄木を読んでいないことを残念がる。その理由の一つが、啄木の書物は「文語体で書かれているから」で、そんなむずかしいものよりも現代人の好みは「より安易で簡単な娯楽が本に取って代わったから」なのだと喝破されている。全くその通りであると思う。啄木を読むとか読まないとか以前に、現代人はとかく安易で便利な道を選ぼうとしているのではないだろうか。
 キーンさんは言う。「苦労して読んだあとに得るものは、とても大きい」と。そして、「20年前、東京の電車ではみんな本を読んでいた。誇らしい光景でした。今は皆ゲームをしています」と。20年前の電車で読んでいた本がすべて啄木の本ではないと思うが、皆、ゲームまがいのことをしている現象は恐らく事実であろう。本当に、日本人としては嘆かわしいことである。
 スマホの中にあるゲームなどは、おそらく何の努力もなく簡単に楽しむことが出来るものなのだろう。しかし、「簡単には面白さがわからないものにこそ、本当は価値がある」と言われるキーンさんの言葉は、我々現代人が謙虚に受け止めるべき言葉なのではないだろうか。

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