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zoom RSS 六会はどこですか?

<<   作成日時 : 2015/05/20 00:04   >>

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 川沿いを犬を連れて散歩していると、サイクリングをしている人から「六会はどのあたりですか?」と尋ねられ、一瞬どう答えてよいかためらってしまった。

「六会駅はどこですか?」とか「六会小学校はどこですか?」ときかれれば、「この道を右に曲がって……」と具体的に道順を教えることができるが、「六会」だけでは漠然としすぎている。「ここも六会と言われれば言えますが……」といいつつ、とりあえず六会駅までの行き方を説明しておいた。
 考えてみれば、「六会」とは不思議な名前である。「亀井野小学校」は、「亀井野」という住所の中にある小学校で「天神小学校」「湘南台小学校」も同様である。しかし「六会」という住所はない。しからば、なぜ「六会」というのであろう。
 公益財団法人藤沢市まちづくり協会のホームページによると、次のように書かれていた。
 「亀井野(かめいの)村、今田(いまだ)村、下土棚(しもつちだな)村、円行(えんぎょう)村、石川村、西俣野(にしまたの)村の境川沿いの地域は集落として早くから開け、平安時代末期に大庭御厨(おおばみくりや)が置かれた。江戸時代には亀井野・今田・円行・石川・西俣野は藤沢宿の、下土棚は戸塚宿の助郷役(宿駅の人馬不足の補充)をつとめた。
 今田はその昔、亀井野と同じ村であったといわれている。また円行の地名は、以前あった円行寺によるものとされ、境川の東西にある俣野の地名は、川をまたいでいることによる説や領主の名前(俣野五郎景久)からの説などがある。
明治21年町村制の施行により六つの村は六会(むつあい)村として一つになり、昭和4年の小田急電鉄開通により六会駅(現六会日大前駅)が開設。当時は数件の人家が点在する閑散とした農村地帯であった。昭和16年日本大学農獣医学部(現生物資源科学部)と附属高校が開校し、昭和17年3月10日藤沢市に合併した。」
 フーム、なるほど。亀井野・今田・円行・石川・西俣野・下土棚は現在もその地名がある。しかし、藤沢市六会○丁目という住所は存在しない。
六つの村が合併して六会村となったのであれば六つの村の名前が消えて六会村だけが残って良さそうなものだが、その逆になっているのはなぜなのだろう。平成の大合併では、合併した市町村は新しい名前になるか、一番大きな市町村の名前に吸収されているのだが。
 犬の散歩で見知らぬ人から声をかけられたことがきっかけで、思わぬ知識と新たな疑問に遭遇した休日であった。

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